Vol.0016 「NZ・生活編」 〜私的21世紀の暮らし方〜 2002年4月30日 9年前にテ・アナウに泊った時のこと。湖畔のモーテルで夕食の準備に取りかかろうとキッチンに立つと、横の壁にかなり大きなものが埋め込まれているのに気づきました。ラジオです。布張りの丸いスピーカーが一つだけ付いています。ラジオといえば子どもの頃ですらトランジスタでしたから、実際に見るのは初めてのはずの代物でした。しかし、妙に懐かしいものでした。試しにつまみを回してスイッチを入れてみると、流れてきたのはビートルズ・ナンバー。 「いったい今はいつなんだろう?」 時代が60年代で止まっているかのようでした。 今でもその時のことをよく覚えているのは、モノラルから流れてくるビートルズを聞き、暮れなずむ湖を見ながらスパゲティを茹でているという状況が、「悪くない」と思えたからです。とても静かで、穏やかな時間。懐かしい音楽に暖かな部屋。私の思い描くニュージーランド生活の原風景の一つが、そこにありました。当時はそこまで意識していませんでしたが、観光客にとってミルフォード・サウンド行きの通過点でしかないテ・アナウが忘れられないのは、この一片の記憶によるところが大きいと思っています。(あそこで見た土ボタルの幻想的な美しさも忘れられませんが) 生きていくのに、そんなにたくさんのものはいらない。それよりも愛しい人がそばにいて、心を許せる友人が何人かいて、自分の心に正直に、他人を傷つけず、争わず、さりげなく生きていけたらと思います。必要以上に生活の幅を広げないことは、その隅々にまで責任を持つためです。そのためには背伸びをせず、見栄を張らず、かといって不要な謙遜もしません。所詮これらは事実に反することで、いずれ立ち行かなくなり、偽りの上乗せをしていくか、馬脚を現してしまう類のものだと思うからです。 有名な話ですが、ある男がヤシの木陰で昼寝をしている男に聞きました。 「なぜ働かないのか」と。 木陰の男は聞きました。 「なぜ働かなくてはいけないのか」と。 男は答えました。 「金持ちになるためさ。」 木陰の男はまた聞きました。 「なぜ金持ちにならなくてはいけないのか」と。 男は答えました。 「金持ちになって働かなくてもいいようになるためさ。」 もちろん木陰の男はそのまま昼寝を続けました。 極端な例かもしれません。けれど、最初の男のように転ばぬ先の杖的発想を続けていけば、年金という自動的に入ってくるお金を手にするまで、心が休まる時はないかもしれません。小金が貯まれば、今度はそれが減っていくのに耐えられず、「年金もいつ破綻するかわからない」と思い出せば、それこそ一生不安がつきまとうことでしょう。もちろん生きていくのにお金は必要です。養わなくてはいけない家族がいれば、なおさらです。そのためには、誰しも効率良く稼ぎ、有給休暇でビーチに寝転んでいても銀行口座には給料が振り込まれていて欲しいと思うことでしょう。私もずっとそうでした。 しかし、この発想でいくと、ある線からは必要以上の物やお金を求めだしはしないでしょうか? 「どうせなら、もっと」「せっかくだから、いいものを」と・・・。その連鎖を断ち切って身の丈にあった暮らしを見つけ、その維持に必要なものだけを求めて生きていくことは、できないものなのでしょうか? 消費文化に首までつかりながら、自分まで消耗していくような喪失感に囚われた時、ふと思い出したのが、あのテ・アナウのひと時でした。古いラジオから流れ出す、過ぎ去った時代。人類と地球のバランスが、今よりもう少し良かったであろう時代。 NZに行きさえすれば全ての問題が解決するなど、微塵も思っていません。誰でも、どこにあっても、生活と幸せは自分で紡いでいくものだと信じているので、住む場所で何もかもが変わるとは思いません。ただ、向かい風に逆らって行ったり、無理して追い風に乗るより、そよ風の中をマイペースで行ける方がいいと思っています。そんな風が、夕暮れのワンツリーヒルに、嵐のあとのカイコウラに、ティマルのただ広いだけの何もない公園に、吹いていました。 「何かを始めてみよう。」 想いをそっと押してくれたのは、そんな風でした。 より早く、より多く、高級に、便利にと変わっていくことが、幸せにつながると信じられていた20世紀。追求への代価は少なくなかったと思っています。世界にはさまざまな生活があり、20世紀の暮らしをこれからも、またこれから初めて謳歌していこうとする人たちの方が遥かに多いことでしょう。けれど私は立ち止まり、吹いてくるかすかな風を読んで帆を上げてみようと思います。21世紀という、新たな海へ。 *********************************************************************************** 「マヨネーズ」 困ったものです。この編集後記がほとんど「お詫び&訂正コーナー」と化しつつあります。先日、日本に帰国したときのこと。近所のスーパーで思わず絶句・・・・。3月16日配信の〜Bモードで行こう!〜で取り上げたリプトンの「レディーグレー」が、な〜んとどっさり。ロンドンに行かなくても、NZに行かなくても、こんなところで買いたい放題・・。説明も日本語でこまごまと。パッケージは少し違ってましたが中身は一緒。 私が日本にいたころは、紅茶と言えばダージリン、アールグレー、オレンジペコというのがお決まりだったのに、その不動の地位からオレンジペコを追い落とし、ダージリンとアールグレーの横に済まし顔で鎮座している「レディーグレー」、なかなか侮れません。と、いうことで日本にいる方はじゃんじゃん飲んで下さい。香港在住の方は引き続きありがたがっていただきましょうね。 西蘭みこと
|