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Vol.0072 「NZ・生活編」 〜ママの言い訳〜

温かな午後の光が満ちていました。ちょうどよい広さの部屋の片面はガラス張りで、秋口の柔らかい日差しを浴びた山肌がよく見えます。厚いビロードのようにうねりのある緑が、無機質なオフィスに唯一有機的な息遣いを醸し出していました。目の前には額に張り付く短い金髪を戴いた40がらみの白人女性が座っています。小さめの眼鏡といい優しい語り口といい、とても上品な人です。私は彼女に向き合い、静かで穏やかな気持ちでした。

「なぜニュージーランドへ?」。彼女が興味深気に尋ねてきました。その問いかけに直接は答えず、「私はずっと働いてきました」と言い、問いと答えが噛み合っていないまま先を続けました。彼女も黙って次の言葉を待ってくれています。「子供が生まれる前から、いいえ結婚するずっと前から働いていたのでそれが私には自然なことだったのです。ご存知のように香港は簡単に住み込みのお手伝いさんが雇え、しかも移動にほとんど時間がかからないこの狭さですから、母親が子育てをしながら働く環境としては世界で最も恵まれていると思っていました」。香港在住の彼女も大きくうなずきました。それは軽い相づちではなく実感がこもった深いうなずきでした。彼女もまた人の親なのでしょう。

「香港で働いている外国人の目的は一つだと思っています。それは本国より稼ぎがいいことです。どんな職業であってもどの国から来ていても、それは当てはまっているはずです」。彼女はこの言葉にもためらうことなく、うなずきました。この猫の額のように狭い土地で人々は錬金術を繰り返してきたのです。実力があろうがなかろうが、運が良かろうが悪かろうが、頑張れば結果が出る負けのないカジノに夢中でした。20、30代で本国の父親をはるかに上回る収入を得ていることも珍しくありませんが、それは公の秘密で誰も口にはしませんでした。

ただ、不思議なカジノに留まるためにはそれ相応の支出を余儀なくされます。家賃だけで50万円だ100万円だと、これまた本国から考えたら信じられないような金額を払い、笑ってしまいたくなるような小さなマンションを借り、本国だったら大学を何回も卒業できるくらいの学費を払って子供を小学校に通わせるのです。世の中そうそう上手い話はありません。入って来る方が大きい分、出て行く方もまた桁違いです。

そうしていつか家計の財布はとてつもなく大きくなり、回り続けない限り立っていられない文字通りの自転車操業となります。夫婦でそれを始めた以上どちらかが稼ぎ手でなくなった際には、冗談ではなく、家を引っ越し子供を広東語となる現地校に転校させなければならなくなってくるのです。働くママに選択肢はほとんどありません。安定を望むのであれば回り続けるしかないのです。

「"この時間に子供と一緒にいられたら・・"、"帰ったら宿題を見てあげよう、週末は髪を切りに連れて行ってやろう"。私は親になってから8年以上、そんな夢を見続けてきました。しかし、これほどささやかなことですら、かなえるとなるとなかなか大変で、"ごめんね"と子供にも自分にも謝り続ける日々でした。そしてある日、わかったのです。"夢はかなわない"と・・・」。

仕事は待ってくれません。それを優先させてしまう限り、想いはかないません。子供たちは私の堂々巡りの脇をすり抜けて大きくなっていってしまいます。それを割り切ってしまえたら、こんなに楽な子育てはないでしょう。でも彼らを膝に乗せ一緒に絵本を読むような、自分にとっての慈しみの時間は、過ぎてしまえばもう二度と戻って来ません。これまでも転職をしたりして何かを変える努力はしてきたつもりですが、結果はいつも同じ。少しずつではなく、根こそぎ変えなくてはという気持ちが抗しきれなくなってきていました。「子供たちが膝の上から、腕の中から飛び立って行ってしまわないうちに何とかしなくては・・」。そう心に決めたものの、やはりどうすべきかわからずに月日が流れていきました。

「一昨年、休暇でオークランドを訪ねた時、突然、その答えがわかったのです。"This is my answer!"電光掲示板から無限に流れてくるテロップのように、その言葉が自分の中を右から左へ何度も何度も横切っていきました。初めて訪れた土地で、私はこの直感に残りの人生を賭けてみることにしました。空調つきの24時間カジノを飛び出し、陽が昇り沈むのを眺めながら、子供に、自然に近く近く暮らしていこう。生きていくのに必要な小さい財布でこじんまりとやっていこう。ここでならできる、きっとできる!」。

「働くママはみんな十字架を背負っています。"feel guilty"だといつも思ってきました。その思いを断ち切りたかったのです。でも、ここでは無理でした。だからNZに行きます。今の生活はすべてここに置いていきます。全く新しい生活を始めるために。迷いも不安もありません。後悔なら十分しました。お金の虚しさも良くわかったつもりです。もう言い訳はしません」。私は15分前に初めて会った移住のための英語テストの試験官にそう訴えていました。最後に彼女はゆっくりと立ち上がり、「あなたの夢は必ずかないます。私にはわかります。Good luck!」と心をこめて言ってくれました。その微笑んだ背後に、ほのかな十字架を見た気がしました。

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「マヨネーズ」 結局、前回配信の〜IELTSお受験記〜の続編になってしまいました。実際はこんな理路整然としたものではなく、この3倍くらい話したでしょうか?「夫は何て言ってるの?大丈夫?」という現実的な質問も混ざって、けっこう膝を突き合わせた女同士の話でした。「次の面接が彼だから直接本人に聞いてみてくれません?迷ってるようだったら背中押しといて〜!」

西蘭みこと