>"
  


Vol.0073 「NZ・生活編」 〜洗濯はダニーデンで〜

ダニーデンで泊まったモーテルにはかなり広い駐車場があり、その端にはいろいろな花が咲き乱れるプチガーデンがありました。色とりどりの花をあふれ返えらせたプランターや鉢植えも並んでいます。チェックインを済ませ部屋に案内される時、脇を通りながら、人の良さそうなオーナーに「見事ですね」と声をかけると、「実はこういうのに全く興味がなくてね、見事かどうかもはっきり言ってわかんないんだ。家内が好きでね」と、肩をすくめながら言われました。

荷物を片付けると、溜まりに溜まった洗濯をするためにレセプションに戻り、オーナーからランドリー用の専用コインを買いランドリー・ルームに向かいました。途中、さっきの花壇の脇を通りかかったのでよく見てみると、三色スミレ、マリーゴールド、松葉ボタンと、この手のものに全く詳しくない私にでも名前がわかるような花がかなり混じっていました。一人しげしげとのぞきこんでいると、向こうから数人の中年女性達がやってきます。どうも中心にいるのはモーテルのオーナーの奥さん、ミニガーデンの主のようでした。

彼女は私にほぼ背を向ける角度で立ち、かなりの勢いで連れの女性達に草花の説明を始めました。周りの女性達はうなずきながらも、取りたてて熱心というわけでもなく、女主人の勢いに半ば押されるかたちで話を聞いていました。「この鉢植えは水をあげればいいだけよ」、「こっちは何もしなくても毎年花が咲くの」と盛んに話しているのは、よくよく聞いてみたら完全なセールストーク。改めて見てみると、鉢植えにはアイスクリームのしゃもじのような小さな木片が刺さっており、ちゃんと値段まで書いてあります。なるほど、これらは趣味と実益を兼ねた立派な商品だったわけです。そこに留まり彼女らの会話をなおも聞いていると、何人かがちらちらと私の方に視線を送り、女主人に後ろにも人がいることを示してくれました。

彼女には私がここにいるのはわかっています。でもその背中は強い意志をもってこちらに向くことはありませんでした。こういう場合、気まずくなる前にさり気なく立ち去るのがいいのでしょうが、私はそうしませんでした。ここにいても彼女たちに迷惑をかけているとは思えず、自分の落ち度として思い当たる節もありません(なにせ立っていただけですから)。意地になっていたわけでもなく、女主人対して好意も悪意もなく、とても中立な気持ちでパンパンに膨らんだランドリーバックを下げたままそこに留まっていました。

彼女の頑なさの理由として、(1)海外からの旅行者は買ってくれる可能性がないので説明しても無駄、(2)英語がわからないか、わかっても片言なので相手をするのが面倒、(3)花に興味がないか、お金がないように見えた、(4)アジア人だから、などの理由がとっさに頭に浮かびました。(1)(2)はもっともなところでしょう。(3)(4)は個人の感じるところでそこに論理はなく、推測でしかありません。もしかしたら、これらすべてがないまぜになった気持ちだったのかもしれません。

私は長年海外にいるせいか、性格なのかこの程度の気まずさに対してはかなりしれっとしていられます。ニコニコしていればどこでも受け入れられるとは限りません。理由がわからないまま冷たくされたりもします。この辺はフランス留学中に経験を積みました。ですから旅先で困っている時や、特に困っていない時でも親切にされると、ことのほか嬉しく感じられるものです。いい感じの人がどこにでもいるように、嫌な感じの人がどこにいても不思議ではありません。

それを「人種差別だ!」と、短絡的に考えると自ら罠に落ちます。白人から不可解で不公平な扱いを受けた時に、「自分がアジア人だから」とすると、なんとなく理由付けができたように思われるかもしれませんが、それは自ら積極的に差別の存在を受け入れ、別の理由であったかもしれない問題のすり替えを図ってしまうことになりかねません。それはまた問題の根を深め、相互不信を増幅させ、お互いの距離を広めてしまうだけで、解決からは遠ざかってしまいます。その手の人はけっきょく、誰に対しても感じが悪いのかもしれません。

問題は人種の違いであるよりも、言葉の壁であることの方が圧倒的に多いように思います。私達はそれなりに英語で意思伝達ができると思っていても、ネーティブスピーカー以外と接触する機会のない人にとって、完璧でない言葉は受け入れがたいようです。日本でも、日本語がペラペラな外国人タレントは国籍を問わずテレビで人気を博しても、街で英語で道を尋ねたら冷たくされたり、最悪無視されたりするかもしれません。声をかけられた人は負担に感じ、できたら自分以外の人に声をかけて欲しかったと思うのではないでしょうか?

その時、「そうそう、洗剤は持ってるのかい?」と、突然目の前にオーナーが現れました。手には小さなビニール袋に入った白い洗濯粉が握られています。「助かったわ!ありがとう」。私はその袋を受け取りました。急に思い出して飛び出してきてくれたのでしょう。慌てた様子からその心意気が伝わり、嬉しさのあまり洗剤を持っていたにもかかわらず、彼の思いやりとして袋を受け取ることにしました。さぁ、洗濯、洗濯ぅ♪

***********************************************************************************

「マヨネーズ」  フランス人の名誉のために一言。彼らは人種差別主義者というわけではなく、むしろ逆かもしれません。ただ大都会のパリでは知らない人に対してはフランス人同志であろうとけっこう冷たいのです。だからみんなかなり孤独で、しかめっ面で分厚い哲学書を読んでたりする、自己矛盾のどツボにはまった愛すべき人達だったりもします。

西蘭みこと