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Vol.0190 「生活編」 〜神に出逢う時 その3〜

「トュ・ヴォア? サ・マルシュ・ビエン・アベック・トワ!」(ほらね、ぴったりじゃない)。アンの得意気な声が、小さな店に響きました。「セ・ヴレ」(ホントだ) 私はぼそっと小さく答えて、鏡に映る鮮やかなショッキング・ピンクの靴を履いた自分を半ば呆然と見ていました。まだお気楽な独身だった頃。滅多に女友達と買い物などしない私でしたが、その時ばかりは珍しく、フランス人のアンの買い物に付き合って靴屋に来ていました。

「足には似合う色と似合わない色があるのよ。わかる?」と、アンはいつも通り、「オシャレなパリジャンが垢抜けないアジア人に教えるの図」といった風に説教を始めました。私が適当に選んだ「黒」、「ベージュ」、「ショッキング・ピンク」の3足を例に、講義が続きます。まず「黒」。元々無難な色だけど、とにかく足が小さく品良く見える。次に「ベージュ」。これも無難と思いきや、日に焼けた足よりも色が薄いため花嫁の白いパンプスのように足から浮き上がってしまい、まったく似合わず。ところが、期待していなかった「ショッキング・ピンク」は靴に足を差し入れるやいなや、火花が出るようにピタッと来ました。焼けた肌に負けない鮮やかな色。パリジャンは野暮なアジア人が目覚めた瞬間に、大得意でした。

「黒が似合うなんていいわね。セクシーだし。」と言いながら、色白のアンが黒い靴を履いてみると、まったく似合いません。透けるような彼女の足には黒は重過ぎ、無骨でした。私のベージュと正反対の状態です。「黒みたいな万能色が似合わないこともあるのか〜。」 本当に目からウロコでした。以来、私はいくら形が気にいっても似合わない色は、服でも靴でも買わないようになりました。特に素足で履く靴は、合う合わないの差が決定的になることを肝に銘じました。

アンはフランス人仲間の間では鼻つまみ者でした。企業研修生として半年の予定で香港に来ていたのですが、気分はすっかり駐在員で何でもかんでも会社に請求しては出費を惜しみ、その分買い物三昧でした。二人で食事をした時も、「ねぇ、あなたの接待費で落としてくれない?」と平気で言ってきます。断っても「どこか適当な客の名前を書いてさぁ。」と駄目押しをかけてきます。それも断ると「しょうがないわね。」と、私が払った割り勘分はしっかりと受け取っておきながら、架空の顧客名をレシートに書き込んでは接待費として二人分を会社に請求していました。食費が浮くばかりか私の支払い分が"儲け"となります。

彼女と食事をすると毎回この繰り返しで、10人で円卓を囲んだ時でさえ9人分の代金を回収した上で会社に全額を請求していました。その時の彼女は、よりによって私が紹介した日系デパートの接待とでっち上げたのです。後味の悪さは堪らないものでした。しまいにはフランス人たちから、「まだアンと付き合ってるの?日本人は我慢強いわね。」と皮肉を言われる始末でした。食事の件のみならず、彼女には他にもずい分嫌な思いをさせられましたが、15年経った今では一つ、二つくらいしか思い出せません。所詮はつまらない、小さなことばかりだったのでしょう。

一方で、こんなこともありました。かつて勤務していたオフィスで、「ミスター嫌味」の称号を捧げたいほど、口を開けばキツ〜い嫌味がボロボロ出て来る日本人駐在員がいました。同僚の誰かが旅行に行き、おみやげに買ってきたお菓子をみんなに配っている時など、じぃ〜〜と箱をのぞきこんでおきながら、「ボク、いらない。」と平気で言う人でした。本人は行き先がヨーロッパでもアメリカでもアジアでも、おみやげはいつも「ゴディバ」のチョコレートと決めていて、「これしか口に合わなくて。」と言ってはばかりませんでした。

ある日、ケーキを配りに来た同僚と他の何人かが、「きゃー、おいしそ〜。どれにしよう?でも太っちゃう♪」とワーワー言いながら楽しそうに選んでいると、嫌味氏がその脇で、「太りたくなかったら喰わなきゃいいんだよ。」とボソりと、しかしそこにいた誰もが聞こえるように言いました。シーンと場がしらけたのは言うまでもありません。しかし、その特大級の嫌味はなぜか私の頭の中の鐘をキンコンカンコンキンコンカ〜ン♪と派手に鳴らしたのです。「そうか!食べなけりゃいいのね。」 それ以降、私は回ってくる差し入れのお菓子を断ることを覚えました。心を込めて辞退すれば気まずくならないことも実感しました。

みんなが煙たがるアンと積極的ではないものの付き合い続けた結果、私は「絶対色」の存在を知ることができました。これはまさに一生の知識です。この代償が今は思い出せないような嫌な思いだったとすれば、むしろ得した気分です。やはりオフィスで浮いた存在だった嫌味氏ですが、彼の一言に素直に耳を傾けた結果、これまた口にするものを自制するコツを習うことができました。

その後早々に東京に戻って退職してしまった嫌味氏。研修を終えてパリに戻るや、即刻クビになったアン。今やどこでどうしているのかさえ知らない二人ですが、彼らは貴重なことを伝えるために、ほんの一時期だけ私の前に現れたかのようです。今でもアンはどこかで垢抜けない人を覚醒させては高笑いしているかもしれません。まさに神はどこにでも、誰でも宿っているのです。要はそれを見るか見ないか、信じるか信じないかです。(つづく)

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「マヨネーズ」 中国正月の休みが明け、夫は職場へ、子供も今日から学校へ戻っていきました。アジアに暮らして20年近く。この新年や、毎年かなりそれに近い自分の誕生日あたりを境に、運が変わって行くのを今まで何度となく目にしてきました。ですからこの時期は、「今年は何が起きるのかなぁ?」とワクワクしながらも、どこか神妙で神聖な気持ちで過ごしています。

<今年は特に正月飾りのおめでたい文字が心にしみます>

西蘭みこと