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Vol.0225 「NZ・香港編」 〜北へ南へ〜

移住先のニュージーランドに持って行く愛車を香港随一のコンテナターミナルである葵涌(クァイチョン)港まで運転して行った夫は、帰ってくるなり、「いやぁ〜、すごかったよ」と感慨深げでした。滅多に入れないコンテナターミナルなどというところに入ったのだから、さぞや物珍しいものでも見てきたのかと思いきや、彼が目にしたのはそれほど突拍子もないものではなく、並みいるBMWの新車でした。

「指定された場所にクルマを停めて保険会社の人を待っていると、うちのクルマが積み込まれていくらしいカーフェリーから真新しいBMWがどんどん出て来たんだ。最新の5シリーズや7シリーズの大型ばかりで、整然と一列に並んで出てきたかと思うときれいに左右に分かれて行くんだよ。片方が右ハンドル。もう片方が左ハンドル。右ハンドルが香港向け、左が中国向けってことだろうね。それが何十台なんて数じゃない、左ハンドルだけでも百台は軽く越えてただろうな。壮大な眺めだったよ。」

上り龍の勢いの今の中国にとり、数百台の最新BMWなど焼け石に水を滴らせるように瞬間蒸発で売れていくのでしょう。現地生産の日本車でさえ人気車種は数ヶ月待ちの状態なのですから、"外車"となればなおさらのこと。「いったい、どこからそんなカネが湧いてくるんだろう」と、夫は半ば感心、半ば呆れたように言いました。「そりゃそうでしょう。"世界の工場"として全世界に物を売ってるんだもの、儲かって儲かってしかたない人がごまんといるんじゃない」と答えると、二人ともなんとなく苦笑いして黙りました。

今の香港、草木さえも北に向かって靡こうというのに、私達は南に向かうのです。中国の玄関口にいながら、儲かってしかたない人たちとは何のご縁もないまま、ここを離れて行くのですから苦笑いの一つも出ます。「未曾有のビジネスチャンス」、「世界最後の巨大市場」などという中国ビジネスの枕言葉を毎日のように見聞きし、香港で最も優秀な学生が従来のケンブリッジ大学ではなく清華大学に進むこのご時世に、南下しようというのです。

私には"チャンス"という名のウサギを追いかけながら、中国という深い深い森に足を踏み入れていけば、自分の居場所が見えなくなり迷子になってしまうような漠然とした予感がありました。90年代のアジアで、同じようなウサギの後姿を何度か目にしたこともあります。これを追っていけば、かならずおいしい思いができるのだろうという確信もありました。しかし、その当時でさえ私はウサギ追いにそれほど熱心だったわけではなく、彼らが去っていった方向に行きさえすれば彼らが好む青々とした葉が繁る道があり、そこを通るだけでもいい思いができたので、それで満足でした。

2000年に入ってからの中国ウサギは丸々と太り、毛並みもずば抜けていいようです。「これを追わずして何を追う」とでも言うべき、大物なのでしょう。世界中からカネ、ノウハウ、最新技術、コネなどで完ぺきにビジネス武装した人や企業が大挙して押しかけ、ウサギを追いかけ始めました。まるでゴールドラッシュに押し寄せる人々のように、独特の嗅覚をきかせ、他人を蹴落としながら、血眼になって標的を探しては仕留めています。彼らの熱狂を煽っているのはそこそこ獲物が手に入ることで、「一刻も早く、少しでも多く」と、人々は森の奥へ奥へと分け入っていきます。

しかし、私の思考は「その先に何があるんだろう?」と、いうところで立ち止まったままです。ウサギを捕り尽くした頃には"世界の工場"も町工場から最新設備を整え、安全基準を満たした立派な近代工場に変わり、そこで作られる驚くほど安くもなくなってしまったものが世界にインフレを輸出し、手に入るのは旨みの少ない、ブロイラーのように水っぽいウサギばかりになってくるのではないでしょうか? 中国で本当に安いものは現地調達の原料や工賃くらいなもので、輸入原料や一等地の地価などはべらぼうに高くつきます。ウサギ追いのための重装備が、負担になって来る日がいずれ来ないとも限りません。

ハンターは獲物がなくなったと分かるや、あっさり別の場所に引き上げていきます。残された猟場が踏み荒らされ、産廃と公害で溢れ、インフレと高金利に見舞われ、生活水準も我慢のハードルもうんと上がってしまった何億の人たちが不満をかこつ場所になっていたとしたら? ハンターは90年代のアジアを同じように歩き、彼らが去らんとした時に未曾有の金融危機が起きました。その後の荒廃と再生への痛みはそれほど遠い記憶ではないはずです。私はいつしか、北上にまったく夢が見出せなくなっていました。

もちろん中国には東南アジア全部が寄ってたかっても比べられない深さと大きさがあります。歩き尽くすには相当の時間がかかることでしょう。ただ私の目には規模の違いはあっても、同じような森に映ってしまうだけの話です。これは所詮、まったく個人的な見解で、私一人森に背を向けようがどうしようが、どうでもいいことです。誰に迷惑をかけるでも、ましてや誰かを出し抜くわけでもなく、私達は南へ向かいます。まるで目の前を通り過ぎて行くピカピカの高級新車を見送り、空っぽになったカーフェリーにひっそりと乗り込んだ、10年落ちの愛車のサーブさながらに。

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「マヨネーズ」 先日、遠目にも中国大陸の人とわかる大柄で五分刈りの男性とすれ違いました。彼は両手にデパートやブランドショップの紙袋をそれぞれ5つ、6つぶら提げ、堂々としたやじろべえのようでした。私もたまたま6つほど紙袋を提げよろめくように歩いていましたが、中身は引越し前に友人に引き取ってもらうガラクタや、子供の古着や古本でした。こうしてまったく接点がないまま、最後まですれ違っていくようです(笑)

西蘭みこと

   
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