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Vol.008 ■ ナンパ未遂

帰宅時の込んだ地下鉄の中。片時も携帯電話を手放さない香港人たちですから「周りのお客様のご迷惑になる時がありますので、ご利用は・・・」なんて車内放送は全くなく、みんなガンガンしゃべりまくり。「聞け!」と言わんばかりの大声でしゃべってますが、それを聞く人もいないくらい、各自が話し込んでいます。

いつもならそれを眺めて「相変わらずゴーカイだよなぁ」と感心している私ですが、その時ばかりは珍しく自分の携帯が鳴り、出てみると5歳の次男からでした。取り止めもない話をしていると、ワンチャイ駅に。ここは香港島の古い下町でありながら、ウォーターフロントの埋立地には超高層ビルが並ぶ、私のお気に入りの町でもあります。

人がどやどや乗って来たので顔を上げて何気なく見ていると、ひときわ大柄な女性が今しも乗ってきたところでした。「キウイだ!」一目見てそう思いました。私の好きな亜麻色の髪をした白人の彼女。シャツの合間から見えるのは、間違いなくマオリのペンダント。精緻なカービングが施された、掌の半分はありそうな大振りなペンダントヘッドは、釣り針型のヘイ・マタウと呼ばれるかたちのようでした。素材はジェードではなく、ボーンのようで、化粧気のない豊かな髪に包まれた彼女にとても似合う象牙色でした。

彼女に声をかけたいのと、息子の話が佳境に入っていてむげに電話が切れないのとで、どっちつかずの私は曖昧に微笑みながら、ひたすら彼女を見つめていました。その視線には「キウイの方ですよね。お近づきになりたいのですが・・・」という力強いメッセージが込められていたはずですが、いかんせん耳は電話に釘付け・・・。ジッと祈るように見つめる私を、彼女は煙たそうにもせず、ただ戸惑ったように見つめ返してくれています。脈あり!

すぐに自分の降りる次の駅についてしまい、人込みに押されながらホームに吐き出され、彼女の姿を見失ってしまいました。一緒に降りたのかどうかさえわかりませんでした。電話にさえ出ていなければ、生涯初のナンパが実現していたかと思うと、ちょっと残念。

西蘭みこと