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Vol.018 ■ 1.5メートルの隣人

夕暮れ迫る時間にクライストチャーチのボタニック・ガーデン(植物園)を訪れた時のことです。敷地内を流れる川へ続く緩やかな斜面には、虹色に輝く灰色の羽をきちんとしまい込み、置き物そのままの姿でうずくまるカルガモがいました。「わぁ、ダックがいっぱい♪」子供たちが走り寄っても、どれもヨロヨロと立ち上がり、ノロノロと脇にどくだけで、とても"逃げる"という感じではないのです。かといって餌付けされていて、人と見れば寄ってくるというわけではなく、手が届きそうで届かない微妙なところにいます。

警戒心があるのかないのか判然としないこの距離感。眠そうにも見える彼らには気の毒ながら、その距離を確かめたくてわざと近づいてみました。その結果、2メートルくらいまではこちらを一応見てはいるものの動かず、1.5メートル圏に入ってくるとやおら立ち上がり、スッとどいて距離を開けるのです。ところがカメラでも覗きつつ、彼らの方を見ずに偶然そうに近づくと、な〜んと1メートル圏内まで大接近しても動かなかったりします。根本的に動きたくないようです。ただ、あまりに近づいて来てしまった時は万が一の身構えというより、野生動物としての最低限のマナーとして、面倒くさいながらも立ち上がるようなのです。

何という近さ!何という信頼感!そして何と人間臭い鳥!何度も近づいたり離れたりする五月蝿いながらも無害の闖入者に、彼らはだんだん興味を失ったようで、一層動きが鈍くなってきました。「完全に読まれてる!」。子供に石をぶつけられたことも、犬に追いかけ回されたこともないのでしょうか?ここまで人に気を許していても裏切られることがなかったからこそ、こんなにもたくさんのカモが人に近く暮らすことを選んでいるのでしょう。それはエサも警戒もない、非常に対等な関係です。迫り来る夕暮れの中、大粒の豆でも撒いたようにポツポツとうずくまっている彼らに敬意を表し、私達もまた夕闇の中にシルエットのようにたたずんで、一日の終わりの穏やかな一刻を見送ったのでした。

西蘭みこと