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Vol.021 ■ 移住賛同者第一号

その電話はポンソンビーからでした。実家にかけると父が出ました。「お父さん?今、ニュージーランドに来てるんだけど・・・」いつものように他愛もなく始まった会話。しかし挨拶が済むと、「あのね、NZってすごくいいところで、とても気に入ってしまったの。今度ここに引っ越してこようかと思ってるんだ・・・」、と唐突に言ってしまいました。

オークランド入りした翌日に、突然そんなひらめきが降って湧いてからというもの、寝ても覚めてもそのことが頭から離れず、口を開けば身体に充満している思いが言葉になって出て来てしまう状態でした。ですから、あまりにも脈絡のない話だということは重々承知していたのですが、想いを語る自分を止められませんでした。隣で夫が「あちゃ〜」という顔をしています。

今年73歳になる父は、「いい所らしいね」と、卒なく話題を合わせてくれ、動揺もなく淡々としていました。19歳で家を飛び出し、大学を出たとたん2週間で日本を飛び出し、それっきり足掛け20年近くになる娘に、今さら言うこともないのでしょう。娘が普段どこに住んでいようが、それが日本よりかなり遠くなろうが関係ないのかもしれません。

ところが。「戦争の時にNZに行ってた奴がいてね。帰ってきてから、盛んに"いいところだ〜、いいところだ〜"って言って懐かしがってたよ。自然はあるし、人は優しいし。戻りたいって言ってたけど、当時はそんなこと言ってられる状況じゃなかったからね。その後どうなったかな、そういえば・・・」と、普段は無口な父が突然、語り始めたのです。その饒舌さにこちらの方が動揺するほどでした。

決して背中を押してくれたわけではなく、たまたま、そういう知り合いがいたのを何十年ぶりかで思い出しただけなのかもしれません。しかし、私が台湾を振り出しに、フランス、香港、シンガポール、再び香港と各地を転々としてきても、父が私の住んでいるところに強く興味を示したことや、まして来ようとしたことなど一度もなかったので、この反応は父なりの精一杯の賛同の意だったと手前味噌に解釈し、「NZ移住賛同者第一号」の栄誉を謹んで贈呈します。

西蘭みこと