2002年夏  バリ島編                        写真をクリックすると大きくなります


マミーの店

サヌールの"マミーの店"を知ったのは初めてバリに行った87年でした。以来、バリに行くたびに通っており、滞在中に2、3回は行くのでかなりの回数行っているはずです。"マミーの店"というのは私がつけたあだ名で正式な名前は「ミラ」です。でも、すぐに忘れてしまうので次に行ってもやっぱり「"マミーの店"行こうか?」ということになってしまいます。 名前の由来は最初の頃、来るたびにゆったりとしたバティックを着たおばあさんが、うちわで扇ぎながら店の奥に座っていたからです。絵葉書を書きながらバックパッカー風の白人が長居しているかと思えば、近所の人がタバコを買いに来たりと、地元の人と旅行者の両方が出入りする、あるようで実はあまりない店でもあります。

インドネシアの華人の中には、外国人には見分けがつかないほど同化している人が多いのです。何代にもわたる暮らしの中で、現地の人と婚姻している人もいるし、60年代以降は政府の徹底した華人同化策もあって、インドネシア語の名前を名乗り、インドネシア語で話し、辛い物を食べ、ぱっと見た限りではよくわからない人もいます。でも私は中華圏に長らくいるせいか、何かの拍子に「ひょっとしてこの人?」と、非常に現地化した華人を見抜けることがあります。マミーを見た時もそうでした。彼女の濃い色の肌や老眼鏡越しに読んでいるインドネシア語の新聞からは確信できませんでしたが、直感がありました。

何回かして彼女の姿が見えなくなり、使用人らしい人がオーダーをとりにきてはキッチンに引っ込んだりしていました。娘らしいとても色白の若い女性を見かけたこともありましたが、「いつもここに座っていたのはおかあさん?」といきなり聞くのは、いくら何でも憚られとうとう声をかけることはありませんでした。

そして今回。マミーが座っていたところには古めかしい四角い黒縁メガネをかけた老人が座っていました。一人でトランプ占いに興じています。初めて見るマミーの夫と思しき人です。私が初めて来た時から売り物として置いてあったかもしれない、年季の入ったカセットテープをかけ、ハワイアン・ミュージックを流しています。ウクレレの音が何とも時代です。私達に気付くとすぐにオーダーを取りに来てくれ、素晴らしい英語で「お好きなものをこの紙に書いて下さい」と言ってまた席に戻っていきました。

店内を改めて見渡してビックリ!奥の壁に「福」と一文字大書きされているではないですか!メニューを手にしてまたビックリ!インドネシア語と英語表記だったはずなのに、中国語が加わっています。それもいかにも年配者が書いたという見事な達筆で!インドネシアは99年に過去30年間禁じられていた中国語を解禁しました。それまでは華人といえども中国語の使用、教育が禁じられていたので街で漢字を見かけることはなく、あっても日本語だったのです。私は15年たって、マミーのルーツをはっきり知ることになりました。

レジで清算しながらとうとう、「私は15年前からここに来ています」と、マミーの夫らしき老人に声をかけました。少し耳が遠そうな彼は驚きもあって、「フィフティーーン・イヤーーズ?!」と大きな声で鸚鵡返しに聞き返し、事の経緯を話すと「それは妻です」ときっぱり答えました。そして虫眼鏡をのぞいたように大きく写った眼鏡越しの目でしげしげと私を見つめ、私もまた、東南アジアの古い世代の華人にありがちな、高い教育を受けたらしいかくしゃくとした彼を見つめていました。お互いの中を過ぎ去った15年の月日が、一瞬横切っていったようでした。少しだけ言葉を交わし、「いつになるかはわかりませんが、また来ます」といって店を出ました。「どうか、それまでお元気で」と心の中で付け足しながら…。

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マミーの店は庶民的な店ですが、はっきり言って美味しいです。こんなに通いつめている理由の一つでもあります。サヌールでは、バリのリゾートホテルとしては草分け的存在の「バリ・ハイヤット」に泊るので(古いホテルですが、大人も子供もぞっこんです)、歩いて10分くらいで行けます。今回は子供も嫌がらずに歩いてくれ、「二人とも大きくなったなぁ」と感激しながら2回行きました。メニューの通り、インドネシア料理と中華料理の双方があります。私は「ソプ・アヤム」(チキンスープ)や「バクミ・ゴレン」(やきそば)など、いくつかを組み合わせて食べてます。15年前と全く変っていないのは見上げたものです。97年にかけてのすさまじいバブル経済の中でも、マミー一家は淡々とやっていたのでしょうね。西蘭家のバリには絶対に外せない場所です。
 
   


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